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札幌簡易裁判所 昭和52年(ろ)54号 判決 1977年5月06日

被告人 青柳利夫

昭二八・九・一九生 公社職員

主文

被告人を罰金四、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法令の除外事由がないのに、昭和五一年八月二〇日午後七時二〇分ころ札幌市西区八軒一条東一丁目付近道路において自動車損害賠償責任保険証明書を備えつけないで原動機付自転車(札や四〇六号)を運行の用に供したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、自動車損害賠償保障法八条、八八条に該当するところ、その所定金額の範囲内で被告人を罰金四、〇〇〇円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

なお、当公判廷で取調べた各証拠によれば、被告人が自動車損害保険証明書を備付けないで原動機付自転車を運転したことは被告人の過失に基づくものであることが認められるが、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)には、同法八条違反の所為について過失犯をも処罰するという旨の明文の規定がない。刑法八条、刑法三八条一項但書によれば他の法令において利を定めた場合において刑法の総則が適用され、過失犯を罰するには特別の規定ある場合に限るものとされているところから、本件についてもこの点が問題となるのである。ところで、いわゆる行政取締刑罰法規において明文をもつて過失犯を処罰する旨を規定していない場合に刑法三八条一項但書の「特別ノ規定アル場合」をどう解釈するかにつき見解が分れており、大別して三つの立場があるといわれる。すなわち(1)「特別ノ規定」とは明文上の特別規定を意味し、刑法総則の適用が除外されるためには、罪刑法定主義の原則に鑑み、明文の定めがある場合に限るとする見解(2)取締目的を主眼とする行政取締法規に於ては原則として過失犯の処罰を肯定する見解(3)特別の明文の規定が存するかどうかにかかわらず法令の趣旨に照らし、条理にもとづく合理的な解釈によつて決すべきであるとする見解とである。そこで案ずるに当裁判所は、いわゆる行政刑罰法規においては、たとえ明文をもつて過失犯を処罰する旨を規定していない場合においても、その法規の趣旨、目的等を合理的に判断し、条理上当然過失犯をも処罰する趣旨を窺うに足りるときは刑法三八条一項但書にいう「特別ノ規定アル場合」に該当するものとして処罰すべきものである(東京高判・昭三四・六・一六 高刑集一二―六―六三五)と思料する。

右と同旨の判例として

最判 昭二八・三・五 刑集七―三―五〇六

最判 昭三七・五・四 刑集一六―五―五一〇

広島高岡山支判 昭三〇・六・二一 高刑特報二―一八―九〇五がある。

そこで、本件について考えてみるに、自賠法八条は「自動車は自動車損害賠償責任保険証明書(以下「保険証明書」という。)を備え付けなければ、運行の用に供してはならない。」と規定し、保険証明書を常時備えつけなければ、道路運送車両法二条二項の自動車および同条三項の原動機付自転車(自賠法二条一項、以下「自動車」という。)を、運行(人又は物を運送するとしないとにかかわらず自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう、同法二条二項)の用に供してはならないことを命じているのである。自賠法が自動車に保険証明書の備付を命じた趣旨は、近時、自動車運送の発達に伴い急激に増加した自動車事故に対し、種々の事故防止対策、取締対策を強化してもなお、自動車事故が不可避的に発生することに鑑み、被害者の保護の万全を期するため、自動車の運行によつて人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障するという制度を確立し(同法一条)、そのためには自動車側の賠償能力を常時確保すべき措置として、原則としてすべての自動車(同法二条)について賠償責任保険契約の締結を義務づけ(同法五条)、更に同条は、右保険の強制加入をもつて自動車運行の前提必須の要件とし、保険契約の締結されていない車は運行の用に供してはならないとし、右保険加入の有無を明らかにすべき方法として保険者に保険料の支払いがあつたとき、保険契約者に対し当該自動車につき、保険証明書を交付すべきことを義務づけ(同法七条一項)、右証明書の交付を受けた契約者に対しては、右責任保険制度の実効を確保し、無保険自動車の運行を防止すべく、自動車を運行の用に供するときは、保険証明書を常時備付けることを義務づけもつて無保険車の運行はあつてはならないとしたものであるということが明らかである。すなわち自賠法は、自動車運行により不可避的に生ずることあるべき生命身体に対する損害の賠償が一定の限度において必ず保障されることを所期しているものであり、その保証を確実にし、運行中のすべての自動車に対し右保険加入の有無を正確かつ容易に確認するため保険証明書の常時備付けを命ずると共に自動車を運行の用に供する者は、その保険証明書の備付けを確認した上で自動車を運行の用に供する義務があると考えられるから、従つて本条の法規の趣旨、目的並びに義務の性質等を合理的に判断するに、自賠法八八条で処罰する同法八条の規定に違反した者とは、故意に保険証明書を備付けない場合ばかりでなく、過失によりこれを備付けない場合をも包含する法意と解するを相当する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井福太郎)

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